足るを知る、ということ
- ono chizuru

- 22 時間前
- 読了時間: 2分
3年前にペルーで行われたPoints of Youのリトリートで
ルームメイトだったメキシコ人の友人が
先日、日本に遊びにきました。
彼女とその旦那さんは
日本の精神や考え方にとても興味のあるひとで
京都の鞍馬山や龍安寺など
私にとって初めましてな場所に色々同行してきて
彼らと共に、「日本」を堪能する時間となりました。
龍安寺は「Zen Garden」として知られている場所で
行ってみて気づいたのですが
そこには、つくばいがありました!!
(4年前にあるゴルフ場に、つくばいのレプリカがあり その存在を初めて知ったのでした)
本物に偶然出逢い、なんだか感慨深かったです。

で、
吾 唯 足 知 (われ ただ 足るを 知る)って
結局どういう意味なのかな〜って思いながらみていて
謙虚に生きるとか強欲にならないとか
以前はそんなふうに捉えていたのですが
「感謝」ってことなのかなぁ
と思うようになりました。
すでにこんなにも与えられていて
満ちている自分に気づくこと。
そうやって
今こうしてここにいられることに対して
有難いなと心から感謝することが
もっと豊かな毎日をつくっていくことに
つながるってことなのかなぁ
不足からの行動は、焦りを生みそうだけど
充足からの行動は、未来を創造しそうなかんじ。
初めてつくばいという存在に気づいてから4年、
いまのところの私の見解です。
また4年後に考えてみよう。





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